※2018年9月より新築工事中です。ミサや勉強会などについては今月の行事予定をご確認ください。

司祭メッセージ


『宣教師として』                     司祭  朴 宰奭(ぱく ぜそく)

2018/11/04


 もう秋が過ぎて北海道はもう冬が始まったようです。二年前に北海道に来た時、全てが不慣れで新しかったですが、札幌教区の信者さんたちのお祈りや助けで、日本語勉強も日本の生活も慣れてきています。これからもよろしくお願いいたします。

 私は宣教師でございます。イエス様の復活ニュースを伝える宣教師でございます。もちろん皆さんも私のような宣教師なんですけれど。(^^)()

 宣教師はそもそもイエス様の復活ニュースを伝えるように命じられた人々でございます。ですから世の中のあちこちに行って、神さまが人間になっていらっしゃって、私たちを罪と死から救ってくださって、死んで三日目に復活して、私たちと永遠に一緒にいらっしゃるという、このうれしい知らせ(福音)を伝えるように命じられた人々だということです。だから、宣教師たちがおもに話す話題は、イエス・キリストの十字架の死と復活でございます。つまり、神の国は死んで行くところではなくて、まさに今、ここ、この席から始まっているということを知らせる人が、まさに宣教師だということです。

 神の国が今ここから始められたために、宣教師たちは喜んで従わざるを得ません。彼らはいつも笑顔と親切とやさしさで人々にイエス様のように近づいているのです。

 私もそうしようと頑張っていて、皆さんもそうするべきです。洗礼の秘跡を受けたキリスト者なら、皆がイエス様に命じられた宣教師だからです。だから皆さんにお願いいたします。皆さんの元々のまじめさと優しさを未信者の方々に見せてください。彼らが皆さんを通して神の国を分かるように伝えてください。そしてもしも他人から嫌われるとしても、恐れないでください。イエス様が私たちと一緒にいらっしゃるから心配しなくてもいいでしょう。私たちの心強い保護者として、私たちを悪魔から守ってくださいますから。                        勇気をもってください。

 どなたがおっしゃったのか忘れてしまいましたが、どの聖人かがおっしゃいました。                         「宣教師は煉獄を経ずにすぐ天国に行く。なぜかというと、まさに宣教師の生き方が証しているからです。」

ありがとうございます。

 

『十勝開拓の祖』                           司祭 加藤 鐡男

2018/09/17


 夏休みで一年ぶりに帰郷しました。両親の墓参りも済ませ、兄弟姉妹の家を訪ねて、あっという間に夏休みも終わりに近づいた。最後の一日はのんびりと過ごそうと、最近ネットなどで有名になった我が町の晩成温泉に行くことにした。

 この温泉名や地名にもなった「晩成」は、この地に入植した開拓団「晩成社」に由来する。明治16年依田勉三率いる晩成社社員の13戸、27人が現在の帯広に西伊豆から入植し、明治19年に現在の大樹町晩成地区に入地した。

 町の資料によれば、「開墾作業は大変困難を極めたが、牛、馬、豚の飼育、養蚕、ハム製造、馬鈴薯、ビート、しいたけ、米の栽培、木炭、練乳、バター、スキムミルク、缶詰の製造を試みた。また、木工場を建設し、枕木、樽材等の生産を行ったが、いずれも成功しなかった。しかし、不屈の精神で新しい事業に立ち向かい、1920年には幕別町途別において米作に成功している」とあります。

 依田勉三は、十勝開拓に入り約30年、その想いは途切れることなく73歳の生涯を全うしました。その間、犠牲者もありました。この晩成社跡地に今も残る依田勉三が建てた佐藤米吉の墓には、木の伐採で下敷きになり、医者を呼ぶことも適わずただ見守るだけだったと書かれています。

 この「晩成社」の話から、わたしたち信者の宣教への在り方に対しての示唆をいただけるように思いました。私たちはすぐに結果を求めようとする傾向があります。どうして振り向いてくれないのだろうか、どうしてこんなに善いことを伝えているのに信じてくれないのだろうか。そこには自分本位の思いが介在して、伝えるべき相手の心を塞ぐ作用をしているのではと考えられます。そうではなくて、相手の立場になってそのことを考えたときに、もっと時間が必要だとか、静かにその想いにふけりたいだろうとか、疑問もあるのではないだろうか、とかが理解できるように思うのです。

 わたしたちの宣教は、一朝一夕にできるようなものではなく、ゆったりとした時間の流れの中にあることを今一度心に刻みながら、救われることの有り難さ、喜び、神の愛の大きさを、他の人にも味わってもらいたいものです。

『祝福された洗礼』

2018/08/06 加藤神父


ここ数か月の間に、二つの教会で三人の洗礼式がありました。それぞれに神に祝福された洗礼式でした。一人は、毎朝七時から行っているミサの中での洗礼式でした。その人が持っていた大型のメダイの聖人ベネディクトにちなんで、聖人の記念日に行われました。その喜びの挨拶の中で「時間がかかりましたが、やっとたどり着いた感じです」と言われておりました。
また別の一人は、札幌から一時間半ほど離れた町の施設で暮らす方でした。歩行が不自由で車椅子なしでは移動が困難な方でした。お姉さんと同じ信仰を持ちたいとの望みで、お姉さん夫婦と知人とが出席して、連願を皆で唱え、厳かに車いすに座っての洗礼式でした。穏やかなその方の顔から、晴れ晴れと清々しい心持ちが感じられました。
もう一人は病室での洗礼式でした。病気を通して妻と親戚とが信仰するキリスト教に自分も入りたいとの思いから、決心をしての受洗でした。奥さんは前から夫も自分と同じ信仰をもってくれたら有り難いと常々祈っておられました。その念願がかなっての嬉しい洗礼式には、娘、孫、親戚が列席しての式になりました。酸素マスクをしていて長い時間は無理なので水をかけて油を塗る簡単なものでしたが、それまでの長い道のりを考えると、列席者の心がこもったとても良い洗礼式でした。
これらの三人の洗礼式を行って、妻の洗礼の時を思い出していました。集中治療室で管をたくさんつけた妻に、神父を呼んで洗礼式をしていただきました。12歳で教会学校に通い41歳で洗礼を受ける、長い道のりでした。キリスト教についての勉強をすることもなく、快く引き受けて下さった神父から洗礼を受けて、その後家族全員が洗礼に導かれる先鞭を、病気の妻がつけてくれました。このことを思うと神はすべての人を呼んで下さって、勉強時間が短くとも教会に通う期間が短くとも、洗礼に導かれる長い道のりを考えた時には「そのままで、いいんだよ」と言って下さっているように思えるのです。
私たちはついつい自分たちの物差しで測ることばかりをしがちですが、神の物差しは私たちのものよりも特別製なのだということを、忘れない信仰生活にしたいものです。